✨️学ぶということ、生きるということ

f:id:enshow:20260122125317j:image

 

山の中のお寺で、私は小さな学研教室を開いています。
外では風が木々を揺らし、季節によっては雪の音さえ聞こえるような場所です。
学校でも塾でもない、お寺の一角で、子どもたちは机に向かいます。
ここには、大きな声も、派手な競争もありません。
あるのは、鉛筆の音と、紙をめくる音、そして黙って考える時間です。
私はこの静けさの中で、長く「学ぶとは何だろう」と考えてきました。
その教室に、三年前から通ってきた一人の少年がいました。
最初から成績がずば抜けていたわけではありません。
口数も多いほうではなく、特別に目立つタイプでもありませんでした。
けれど、机に向かう姿勢だけは、いつも変わらなかった。
周囲が少しざわついても、彼の背中は静かでした。
私は次第に、「この子は、学んでいるのではなく、整えているのだな」と感じるようになりました。
三年間、彼はほとんど休まず通ってきました。
調子のいい日も、うまくいかない日もありましたが、
投げ出すことはありませんでした。
集中するということは、才能ではありません。
続ける意志と、自分を律する力です。
その姿は、どこか修行に似ていました。
お寺で暮らす私にとって、修行とは「何かを足すこと」ではなく、
余分なものをそぎ落とし、心を定めていく時間です。
彼の学ぶ姿にも、それと同じ静かな強さを感じていました。
ある日、彼は進路の話をしてくれました。
自衛隊工科高等学校を目指している、と。
そして、少し照れながら、こう言ったのです。
「この国を守りたいと思っています」
その目は、とても澄んでいました。
大人が考える損得や、不安や、世間の評価とは別の場所から出てきた言葉でした。
私はその瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じました。
今年、彼は無事に合格しました。
もちろん、それは嬉しい知らせでした。
けれど不思議と、驚きはありませんでした。
彼はもう、合格する前から「できあがって」いたからです。
自分は何のために学び、どこへ向かうのか。
その軸が、すでに心の中に立っていました。
結果は後からついてきたにすぎません。
私は思います。
学ぶとは、点数を上げることでも、受験に勝つことでもありません。
学ぶとは、生きる意味を自分の中に問い続け、
やがて「これで生きていこう」と心を定めていくことです。
目標を持った人は、静かに強い。
迷いが消えるわけではありませんが、迷いに振り回されなくなります。
それが、生きる力になるのだと思います。

仏教では、「道は外に求めるものではなく、自らの足元にある」と説かれます。
学びもまた、誰かに与えられる答えではなく、
自分自身の生き方を問い続ける中で、静かに見えてくるものなのだと思います。
学ぶということ、生きるということ。
それは別々のものではなく、
それぞれが自分の道を歩み始めるための、同じ一歩なのかもしれません。

雪の日、蕪を分けて、ぬか床を仕込む ――正月飾りを焼いたあとの台所で

f:id:enshow:20260111154506j:image


――正月飾りを焼いたあとの台所で🌿


朝、起きると雪が降りそうでした。

昼まで焦らしておきながら、今、窓の外は雪で視界がありません。
音がなく、世界が少し遠くなるような雪です。
さっきまで庭に出て、正月飾りを焼いていました。
しめ縄や紙垂が、ぱちぱちと音を立てて燃え、
その上から、静かに雪が降ってきます。
火と雪が同時にある、不思議な時間でした。
正月が終わり、日常に戻る。
その境目に立っているような日です。
庭から戻って玄関を見ると、
そこに、たくさんの蕪が置いてありました。
近所の農家さんのおすそ分けです。
声もなく、メモもなく、ただ蕪だけが、きちんと。
山の暮らしでは、こういうことがあります。
「余ったから」ではなく、
「思い出したから」置いていってくれる。
その気配だけが、暮らしに届きます。
蕪は、白くて、丸くて、少し土がついていました。
今日はこれを中心に、台所を動かそう。
そう思って、エプロンをかけました。
蕪は、自然と二つに分かれます。
本体と、葉っぱ。
どちらも役目があり、どちらも無駄にしません。
今日は、
蕪の実は ぬか漬けに、
葉っぱは 塩もみにします。
まず、蕪の実から。
洗って、皮はむかずに使います。
大きいものは、縦に二つか四つに切ります。
ぬか床を軽く混ぜて、蕪をそっと埋めました。
白い蕪が、ぬかに隠れていく様子は、
どこか安心する光景です。
蕪は漬かりが早く、
半日から一日で、もう食べられます。
雪の日は発酵もゆっくりなので、
今日は浅漬けくらいがちょうどよさそうです。
次に、蕪の葉っぱ。
よく洗って、細かく刻みます。
塩をふって、手でもみます。
しんなりしたら、それで出来上がり。
そのまま食べてもいいし、
ごまを少し足してもいい。
ご飯にのせても、
お茶漬けにしても、おいしい。
少しだけ、ぬか床にも混ぜました。
捨て漬け、と言われる役目ですが、
実際には、ぬか床を助け、味を育ててくれます。
台所でぬか床を混ぜていると、
外はすっかり雪景色になっていました。
音のない白い世界と、
手の中のぬかの感触。
外と内で、時間の流れが違うようです。
ぬか床は、生き物だと言われます。
毎日きちんと世話をしなくてもいいけれど、
放っておくと、機嫌を損ねます。
人の暮らしと、よく似ています。
今日の蕪は、
私が頼んだものではありません。
予定していた料理でもありません。
それでも、蕪が届いたことで、
今日の一日は、自然に形を持ちました。
生きるというのは、
大きな決断よりも、
こうした小さな受け取りの積み重ねなのかもしれません。
正月飾りを焼き、
蕪を漬け、
雪を見る。
特別なことはしていません。
けれど、きちんと生きた一日だった、
そんな気がしています。
明日も、
ぬか床を混ぜるだけです。

 

走る年のはじめに、ひとしずくの静けさを――修正会の祈り

f:id:enshow:20260101115223j:image

新しい年は、必ずしも大きな音とともに始まるわけではありません。

カウントダウンの歓声もなく、花火の光もなく、ただ山の空気の冷たさと、かすかな夜明けの気配だけがある——そんな始まりがあります。

午年は「走る年」と言われます。

勢い、躍動、前進、旅立ち。馬の姿から思い浮かぶ言葉は、どれも速さと力強さをたたえています。

けれども、走り出す前には必ず一呼吸があります。

息を整え、心の向きを確かめるための静けさ。その静けさを与えてくれるのが、年の初めに営まれる**修正会(しゅしょうえ)**という法要です。

私の寺には、大きな鐘がありません。

百八つの除夜の鐘を鳴らすことも、遠くまで響く音で年明けを告げることもできません。

それでも、新しい年は静かにやって来ます。

鐘の音がなくとも、祈りは始まる。

この事実を、午年の初めにもう一度たしかめたくて、この記事を書いています。

修正会とは――“正しさを立てなおす”集い

「修正会」という言葉は、少し硬い響きをもっているかもしれません。

漢字の一文字ずつには、次のような意味が込められています。

修……あやまちを修める

正……正しさを立てる

会……集い、法要

つまり修正会とは、過ぎた一年を振り返り、新しい一年の歩みを整える法要です。

奈良・平安の昔、大寺院で国家安泰を祈ったことに始まり、その祈りは形を変えながら今も続いています。規模の大小や華やかさの有無ではなく、中心にあるのはただ一つ。

新しい年を「なんとなく迎える」のではなく

意識して、あらためて始めるということ。

本堂に灯りをともすと、冬の空気の中で小さな光が息づきます。

線香の香りは静かに広がり、読経の声は堂内に柔らかく響きます。

人が多くなくても、声が合わさるたび、祈りは確かに満ちていきます。

午年――勢いと手綱のあいだで

午年は、勢いのイメージに満ちています。

しかし、本当に大切なのは「速さ」そのものではなく、手綱をどこに結ぶかではないでしょうか。

馬は、ただ速く走るだけの存在ではありません。

導く手があり、方向があります。

疲れれば休み、迷えば立ち止まる。

午年は私たちに、こう問いかけます。

どこへ向かって走ろうとしているのか

何に追われ、何に導かれているのか

その速さは、心をすり減らしていないか

勢いの年だからこそ、暴走しない智慧が必要です。

その智慧を育てる時間として、修正会があります。

走る前に、静まる――修正会の祈り

修正会は派手な儀式ではありません。

静けさの中に、祈りが深く降りていく時間です。

読むお経は寺によって異なりますが、祈りの願いは共通しています。

今年一年を無事に

家族や仲間が健やかに

悲しみや苦しみを抱える人に光が届くように

そして、自分自身を責めすぎずに生きられるように

修正会は、罰するための法要ではありません。

許し、整え、もう一度歩み出すための法要です。

午年は走る年。

だからこそ修正会は、走り出す前の「ひとしずくの静けさ」を授けてくれます。

勢いは、静けさから生まれる。

速さは、方向に出会うことで意味を持つ。

祈りとは、その方向を確かめる行いなのです。

鐘のない寺で迎える新年

鐘の音がなくても、新年は新年です。

静かな山の空気が頬を刺し、白い息が夜明けに溶けます。

畳を踏む足音、ストーブの小さな燃える音、衣の布擦れ。

そうした音ひとつひとつが、音なき鐘のように胸へ響きます。

大鐘がなくて、少し心細く感じた年もありました。

しかし今は思います。

鐘は鳴らせなくても、

祈りは、鳴り響く。

それは、外へ向かって鳴り渡る音ではなく、

内側で静かに鳴り続ける音です。

おわりに――午年を生きるあなたへ

走れない日があってもいいのです。

歩く日があってもいいのです。

立ち止まる日も、もちろんあっていいのです。

午年だからといって、いつも全力で走る必要はありません。

手綱を握りなおし、方向を見つめる時間をどうか忘れないでください。

走る年のはじめに、ひとしずくの静けさを。

それが修正会の祈りであり、

あなたの一年を支える、目に見えない力となるでしょう。

どうか今年が、あなたにとって

急がず、比べず、でも確かに進んでいく一年となりますように。

鐘はなくとも、祈りは届きます。

その祈りが、午年の光となって、あなたをやさしく照らしますように。

還暦過ぎて住職になったら、分からないことだらけだった

f:id:enshow:20251222174713j:image

60歳で出家した。
そして66歳で、ようやく住職になった。
周囲からは「すごいですね」「やり遂げましたね」と言われる。
けれど正直に言うと、胸にあるのは達成感よりも戸惑いだった。
住職になれば、分かるようになると思っていた。
けれど現実は、分からないことが増えただけだった。
還暦過ぎての「新米」は、想像以上にきつい
60代での新米。
これは、思っていた以上にこたえる。
周囲は皆、当たり前のように動く。
話は専門用語だらけで、説明は省略される。
「今さら聞くの?」という空気を、こちらが勝手に感じ取ってしまう。
分からない。
でも、分からないと言いづらい。
若い新人なら許されることが、
還暦を過ぎると「知っていて当然」になる。
私は今、人生で一番の新人かもしれない。
そう思うことがある。
あれほど苦しかった修行道場の記憶
修行道場での日々は、決して美談ではなかった。
体力も、気力も、若い人と同じようにはいかない。
「なぜ私は、こんな年になって、ここにいるのだろう」
夜、布団の中で何度もそう思った。
逃げ出したくなった日もある。
でも逃げたら、ここまで来た意味がなくなる気がして、歯を食いしばった。
あの時間は、確かに苦しかった。
そして、確かに通り抜けてきた時間でもある。

 

住職になって訪ねた修行道場が、優しかった
住職になってから、久しぶりに修行道場を訪ねた。
迎えられ方が、まるで違った。
笑顔で迎えられ、労いの言葉をかけられ、お茶まで出していただいた。
「よく頑張ったね」
その一言に、胸が詰まった。
でも同時に、どこか戸惑った。
あの厳しさは、何だったのだろう。
立場が変わると、世界はこんなにも変わる。
それを実感した瞬間だった。
月5万円の住職という現実
住職になった私の給与は、月5万円。
副業をして、やっと月8万円ほど。
新幹線で家に帰ることすら、簡単には決められない。
生活は、決して楽ではない。
世間が思い描く「住職像」と、現実の私との間には、大きな隔たりがある。
この現実を、どう受け止めればいいのか。
今も、答えは出ていない。

 

年収1300万円だった頃の私と、今の私
現役の会社員だった頃、私は年収1300万円をいただいていた。
数字で評価され、役職があり、社会的には「成功している人」だったと思う。
今は違う。
評価も、安定も、肩書きも、すべて手放した。
失ったものは、確かに多い。
けれど、手放さなかったものもある。
それが何なのか、言葉にするのは難しい。
今も、揺れている。
それでも、寺に立ち続ける理由
それでも私は、今日も寺に立っている。
特別なことはできない。
ただ話を聞くだけの日も多い。
でも、
「ここに来ると、少し楽になる」
そう言って帰る人がいる。
それだけで、続ける理由になる。
立派な住職でなくてもいい。
完成した人間でなくてもいい。
そこにいること自体が、役目なのかもしれない。
最近、そう思えるようになった。

 

住職になってから始まった、本当の修行
還暦過ぎての修行は、答えのない修行だ。
正解も、ゴールも、はっきりしない。
分からないまま、続ける。
迷いながら、立ち続ける。
住職とは、完成した人ではなく、
問いを抱え続ける人なのかもしれない。
私は今日も、新米住職として、
分からないことを抱えたまま、寺に立っている。

去無所去 来夢来所

f:id:enshow:20251219110048j:image

禅語「去無所去 来夢来所」という言葉が、
私自身の出家と、その後の歩みを、
あとから静かに照らしてくれました。

 


――なぜ私は出家し、気がつけば住職になっていたのか

一体、私はなぜ出家したのだろう。
そう聞かれると、今も少し言葉に詰まってしまう。

誤解のないように言えば、
私は独り身だったわけでも、
家族との関係に行き詰まっていたわけでもない。
夫がいて、息子がいて、
関係は今も穏やかで、良好だ。

それでも私は、出家した。
しかも、ある日突然、
「そうしよう」と強く考えた末に、というより、
まちのなかで、何かに呼ばれたような感覚が先にあった。

理由を説明しようとすると、
どうしても言葉が遅れてくる。

 

出家と聞くと、
多くの人は「俗世を捨てた」「家族を離れた」
そんな物語を思い浮かべる。

けれど、私の場合は違っていた。
何かを断ち切ったという感覚は、ほとんどない。
家族を嫌になったわけでも、
日常に絶望していたわけでもなかった。

むしろ、
普通に暮らし、
普通に歩いていた、
そのまちの真ん中で、
ふと足が止まったのだ。

「こちらだ」と
はっきりした声が聞こえたわけではない。
けれど、確かに、
呼ばれたような気がした。

考える前に、
身体の向きが変わっていた。
理由を整える前に、
もう一歩、踏み出していた。

 

振り返っても、
「決断した」という感覚は薄い。
それよりも、
立つ場所が、いつの間にか変わっていた
そんな感覚のほうが近い。

あとから
「なぜ出家したのですか」と聞かれるたび、
理由を探そうとした。
けれど、どの言葉もしっくりこない。

家族があったからこそ、
むしろ逃げではないことだけは、
自分には分かっていた。

説明できないけれど、
確かに、そこに向かわされていた。
その事実だけが、
静かに残っている。

 

私の寺は、
深い山の奥ではなく、里山にある。

人の暮らしがあり、
畑があり、道があり、
そのすぐそばに、自然がある。

熊はまだ出ない。
けれど、猿は出る。
キジの声が響き、
タヌキやハクビシンが、
いつの間にか境内を横切っていく。

彼らは、
「どこから来たのか」と問われても答えない。
「どこへ行くのか」と聞かれても、説明しない。

ただ、
現れ、
そして、姿を変える。

その様子を見ていると、
私自身の歩みと、
どこか重なって見える。

 

「去無所去 来夢来所」という言葉に出会ったのは、
出家してからしばらく経ってからだった。

最初は、意味がよく分からなかった。
生死の話なのか、
悟りの話なのか、
どこか遠い世界の言葉のように感じていた。

けれど、
里山の風景と重ねたとき、
この言葉は、急に現実味を帯びた。

来るに、決まった場所はなく、
去るに、行き先があるわけでもない。
ただ、ご縁が合ったところに立ち、
ご縁がほどければ、
また形を変える。

それだけのことなのだ、と。

 

この言葉は、
生死を説明するためのものではない。
ましてや、
人生の正解を示すものでもない。

むしろ、
「なぜそうなったのか」ではなく、
「今、どこに立っているのか」
その感覚を大切にする言葉だと思う。

出家も、
住職という立場も、
目指した到達点ではなかった。

その時々に、
私が立っていた場所に、
あとから名前が付いただけなのだ。

 

人は、
人生を説明できる形に整えたがる。

理由があれば安心できるし、
物語になれば、人に話しやすい。

けれど、
本当に大切な出来事ほど、
理由は後から追いかけてくるか、
あるいは、
最後まで言葉にならないまま残る。

「分からない」という状態は、
不安でもある。
けれどそれは、
誤魔化さずに生きている証でもある。

 

今も私は、
なぜ出家したのかと聞かれれば、
少し考え込んでしまう。

けれど、
夫がいて、息子がいて、
家族とのつながりを保ったまま、
ここに立っている。

去無所去 来夢来所。
行き先が決まっていなかったからこそ、
この場所に立ったのかもしれない。

もしあなたが、
自分の人生を
うまく説明できずにいるなら、
それは失敗ではない。

すでに、
何かに呼ばれ、
どこか大切な場所に立っている――
その途中なのかもしれない。

 

脚注

※「去無所去 来夢来所(こむしょこ・らいむらいしょ)」
禅の生死観・存在観を表す言葉。
人はどこかから来て、どこかへ行く存在ではなく、
ご縁によって現れ、ご縁によって形を変える、
という見方を示す禅的表現。

★ 光を思い出せ――あの日の輝き

 

✦ はじめに

 

胸がふと震える「あの日の輝き」。

若い頃に感じたきらめきは、忙しさや責任の中で、いつのまにか心の奥へ沈んでしまいます。

しかし光は消えたのではなく、静かに眠っていただけでした。

 

山寺で暮らし、自然の中に身を置くうちに気づいたことがあります。

あの日の輝きは、今も私たちの中で息をしている。

 

 

✦ あの日の輝きとは何だったのか

 

若い頃の私たちは、驚くほど多くのものに心を動かされました。

夕暮れの空の色、ひと言の言葉、人との出会い……。

 

あの輝きは「年齢の若さ」ではなく、

心がもっとも開いていた時期に宿る透明な感性によって生まれたものです。

 

この光は過去だけのものではありません。

 

 

✦ 本来の自己は、もともと光を持っている

 

仏教や禅の言葉でいう「本来の自己」。

むずかしそうに聞こえますが、やさしく言えば、

 

> 本来の自己=もともと光っている心の本質

ということ。

 

悩みや責任、疲れが重なると光が見えなくなりますが、

雲に隠れた太陽のように、輝きそのものは失われていません。

 

光は取り戻すのではなく、

ただ“思い出せば”良いのです。

 

 

✦ 山寺で気づいた、内側から湧き上がる光

 

山風、鳥の声、朝の冷たい光。

自然の静けさに包まれる時間は、心の雲をゆっくり払ってくれます。

 

ある朝、胸の奥で小さく動き出す光を感じました。

それは若い頃のような強さとは違う、

柔らかく、深く、あたたかな光。

 

外の世界が与える光ではなく、

静けさの中で湧き上がる“内なる光”でした。

 

 

✦ 人生の後半に訪れる“第二の青春”

 

光を思い出す旅は、若者だけのものではありません。

むしろ、人生の後半こそ深い輝きが訪れます。

 

若い頃の光が鋭く儚いのに対して、

いま感じる光は、

 

成熟した心が生む、静かな青春の光。

 

苦しみや経験を乗り越えた人だけが持つ輝きです。

 

 

✦ 光を思い出すための、小さな習慣

 

特別な修行は必要ありません。

ほんの少し、心に余白をつくるだけで光は立ち上がります。

 

✧ 朝の光を浴びる

 

✧ 深呼吸をゆっくり3回

 

✧ 自然の音に耳を澄ます

 

✧ 誰にも会わない静かな5分をつくる

 

✧ 過去を責めない、やさしい目を向ける

 

 

この小さな習慣が積み重なると、

胸の奥の輝きがそっと息を吹き返します。

 

 

✦ おわりに──光は、あなたの中で生きている

 

夕暮れの山に差す薄い光を見上げると、

胸の奥がじんわりと温かくなります。

 

光は消えていません。

いつでもあなたの中で静かに息をしています。

そして今日もまた、心の奥でそっと輝こうとしています。

f:id:enshow:20251130105911j:image